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▽この年の最初の稿


2017年11月04日(土)

 もう年末?


  月初1日に病院の帰りにスーパーに立ち寄ったら、正月のお飾りやお供え餅が並んでいた。別の売り場ではハロウィン用品がクリスマス物にすっかり変わっていた。今日は喪中欠礼が2通届いた。年賀はがきの売出しも1日から。以前は七五三が過ぎるころクリスマスに模様替えだったと思うが、随分先を急ぐようになった。もっともカレンダーや手帳はひと月以上前から売り場にあり、かくいう小生も手帳は長く使い続けているのもの(20年?)を早々と準備しているが。
10月は天気が悪く肌寒い日が多かったので、例年よりは違和感がない。この急ぎ足の商売魂に慣れただけか。

2017年10月24日 (火)

 総選挙の結果


  10月22日の第48回総選挙の結果を、備忘のために載せておく。
  大義なき選挙といわれ、新進党が3分割さる(希望の党、立憲民主党、無所属)等情勢激変の総選挙だったが、結果は与党の地位はほとんど変わらず3分の2を確保した。なお定数は選挙区6、比例区4の減少。
2017.10.22総選挙

小選挙区比例区今回当選公示前
自民21866284284
公明8212934
希望18325057
維新381114
立憲18375515
共産1111221
社民1122
こころ-000
無所属(与)1-111
無所属(野)2102127
計/定数289176465465

  投票率はこれまで最低の前回(12年12月)をわずかに上回ったものの史上2位の低投票率の52.66%(前回52.66%,前々回 59.32%)のとどまる。

2017年9月11日(月)

 大震災6年半‥‥


  今日は三大厄日のひとつ二百二十日。6年半前には東日本大震災、その10年前にはアメリカで同時多発テロ事件(2001年)が起きた恨みの日だ。
  福島県は東京電力福島第1原発事故に直撃され今もって全解決の見通しがつかない。東電はその道筋を示せないのに新潟柏崎原発を再稼働させようとしている。在るものは毒でも使うということだろう。怖い話だ。
  21世紀早々に世界を震撼させた同時多発テロ。これが直接の原因ではないがアメリカは政治的分断が激しくなり、米国覇権が揺らぎ、中国とロシアが台頭、世界は不安定の度を増している。日本近隣の動きも極めて気味が悪い。

2017年9月10日(日)

 墓 参


  盂蘭盆の暑い混雑時には遠出の気持にはなれず、秋彼岸も用事があるので、その中間に秋田と仙台の墓参に出掛けた。
  秋田は9日(土)から4日間「ねんりんピック(第30回全国健康福祉祭)」が開催される、というので、方々で準備作業が行われており幟や横断幕なども多く地元が力を入れているのが分かる。街は普段より賑やかな印象を受けた。
  仙台では土日の2日間「定禅寺ストリートジャズフェステバル」。日本国内最大級の音楽フェスティバルと謳い、昨年は延べ70万人が集まったという。
  いずれも勿論素通り、イーグルスの試合もあったがこれもパス。墓参りだけの旅行だった。ホテルや列車の予約が取りにくかった理由が分かったというだけのこと。
  ついでに―。秋田から仙台に移動した日の夜、大仙市で震度5強の地震が発生、7時間前に列車で通過した所だ。昨10日小田急沿線火災で電車が類焼、5~6時間不通となった。1日前の同じ時刻だったら、重い荷物を抱え新宿でオロオロしていただろう。イーグルスはホーム連敗の後ようやく則本と島で勝利、仙台を去ってからのこと。

2017年9月05日(火)

 旧暦盂蘭盆


  今日は旧暦の7月15日の盂蘭盆。今日の月が「盆の月」。 十五夜(満月は明6日だが)の月は、残念ながら雨を含んだ雲の向うだったが。
今年は閏の5月があり、月遅れ盆から半月も遅くなった。これならお盆関係の季語はは秋季としてしっくりきますね。
  なお仲秋の名月の旧暦8月15日は、10月4日となる。

2017年6月15日(金)

 夏?風邪


  5月早々からの「風邪」は咳がしつこく残り、薫風の5月が「暗黒の5月」になった。食欲がなく、夜中咳のため目が覚めその後眠りの戻れず睡眠不足が続き、体がフラフラした状態が続いた。
  月末に近隣の散歩はそろそろと始めたが、一カ月は医者以外には散髪のため一回外出しただけ。お酒も5月の25日間ゼロ、という無念な時間を送らされた。
  今日少し体を動かしてみるかと、草木茫々たる庭に本当にしばらくぶりに出て、満天星(どうだんつつじ)・皐の植込みを刈り込んだ。迚も疲れたが、シャワー、洗髪後のビールがうまかった。
  まだ気管支に違和感が残っているが、医者には放置されている。年齢をとるということは、自己治癒力が衰えることかと、悟った。

2017年3月11日(土)

 大震災から6年の春


  今年も3月11日がめぐってきた。昨年の5年という区切りも大きな区切りであったが、6年という期間の感慨も大きい。
  あの年の4月に小学校に入学した子が中学生になり、中学に進んだ子はすでに「子」とはいえず、社会に飛び立ちあるいは上級学校でさらに飛躍を目指す年頃になっている。もちろん今日が7回忌の祥月命日で悲しみを新たにしておられる方も多いことと思う。さらには行方の分からない家族を探し続ける方も災害の巨大さを改めて思い出させるように報じられる。
  3万人以上の方が今も仮設住まい。「仮設」とはどういう意味だろう。多くの地震が、いまだにあの地震の「余震」と言われる。長い長い困難を強いられる被災者にの何とか心やすらかな日々が戻ることを祈るばかりだ。

2017年1月01日 (金)

 明けましておめでとうございます    平成29年 丁酉元旦

恭 賀 新 春

  皆々様、新しい年が穏やかな佳い年になりますよう祈念いたします。
  今年もよろしくご交誼のほどお願い申し上げます。

  去年と同じく一日中抜けるような青空、好天で新しい年が明けた。このところ三が日は、正月らしい安定した好天に恵まれている。
  懲りずに、去年よりに更に遅らせて初詣に出掛けた。午後4時過ぎに氏神様に着くが、やはり長蛇の列、大鈴を鳴らすまでは小一時間かかる。去年とまったく同じく直接神札所に往き神札と神籤。また明日夕刻にでもトライしてみよう。
  個人的には健康でトラブルなく過ごせることが最大の願いだが、内外に難問が山積、世界は現実の危険と、危険となりうる要素が溢れており、とげとげしく、ささくれだった状態は一向に改善されそうにない。自国の利益優先の動きが目立つ。日本が戦争は勿論、争い・諍いに巻き込まれず加担せず、これまでの平和の道を歩み続けることを願うばかりだ。
  啄木新年歌は、ことしは――、 松竹梅
     (なに)となく明日はよき事あるごとく
     思ふ心を
     叱りて眠る。    啄 木



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▽この年の最初の稿


2016年12月31日(土)

 今年の10大ニュース(国内)


  大晦日、今年の国内の10大ニュースを、思い出しながら拾ってみた。

  まず自然災害。
  ・熊本地震、死者50人。熊本城崩壊寸前のところも。-繰り返し繰り返しの怖さ。
  ・台風10号、北日本に大被害、岩手・北海道で死者22人。-この時函館に居ました。
  ・東京都知事に小池百合子氏。築地市場の豊洲移転延期、五輪施設計画見直し等々。
     -まだまだ出てきそう。舛添東京都知事辞職があったからだが。
  社会の大問題を内包している事件、
  ・相模原市の障害者施設で19人刺殺-弱者に容赦ない仕打ち、反省なし。
  経済では、
  ・日銀がマイナス金利導入。-アベノミクスってなに?
  政治や法律問題、
  ・18歳選挙権施行-オドオドと一票
  ・参院選で与党大勝、改憲派3分の2超-勢いづくが、内閣支持理由は他よりいいから。
  ・天皇陛下、退位のご意向-休ませて上げたいのが民意か。
  地域的だが、新幹線が津軽海峡を越えようやく北海道の入口に届いた。
  ・北海道新幹線が開業-半年後乗ってみました。
  スポーツからは、
  ・イチロー日米通算3000本安打-その後も最多安打更新。五輪は4年ごと、この記録は100年に一度。
  ・リオオリンピック、メダル41個は史上最多。-大きな事件、事故がなくてよかった。
  日本人を励ます明るい話題は今年も、
  ・ノーベル生理学・医学賞に大隅氏

  10になったかな、超えたかな。


2016年12月02日(金)

 今年も京都の紅葉


  先月末、紅葉を観に懲りもせずまた京都に行った。予報どおり前日の雨は未明には上がり、安堵。
  かなりの名所はすでに訪れていることや、紅葉にあまり期待できないと思っていたことから、いつもは往きの列車内で決まる行く先も今回は当てがないまま、ホテルに荷を預ける。
  初日は、結局何度も行っている東福寺。
  中日は、同じく3度目の真如堂と、何回目か分からない銀閣寺。
  最終日は、連れは初めての伏見稲荷と、初参拝の若冲人気の石峰寺(せきほうじ)
  紅葉の時季の京都行は、今回で終了かな。

2016年11月24日(木)

 54年振りの雪


  今日は未明から雪が降り出し、屋根や草木は白く覆われ、一部の枝は重そうに傾いでいる。現在(正午少し前)も降り続いている。雪は昼頃までとの予報は、もう3時間ほど降ると修正された。
  前日気象情報を聞きながら、そうはいっても些少の霙程度かなと楽観していたが、見事に外れた。
  東京での11月の初雪は昭和37年以来54年振りと伝えられる。都心での積雪は観測史上(明治8年に観測開始)初めてらしい。当地も2~3㎝の雪が積もった。このごろは四季を問わず気候の変化は急で、地球温暖化との関連もあるのかとも思われてくる。
 

2016年11月18日(金)

 ゴッホ・ゴーギャン展


  今日、上野の東京都美術館に「ゴッホ・ゴーギャン展」を観に行った。このふたりに友情と画論の上で確執があったことは知らなかったので、興味深く丁寧に観て来た。
  ここ2,3年ほど、絵の前に立つと画家がこの前に居てこの絵を描いたという感覚が出てきたのだ。今日は、ゴッホとゴーギャンが精魂込めて描いたキャンバスをそのときに居た気になって観た。
  2時間ほど観て回り、ロッカーから鞄をとりだし傍の椅子に腰を下ろしたとき、手を振り人が近づいてきた。学校同期で句会の仲間だった。数カ月ぶり、思わぬ出会いを喜んだ。暗んで来るまで小一時間もこもごも話した。

2016年11月10日(木)

 啄木学会・盛岡・仙台


  5日から8日迄、盛岡・仙台に行ってきた。
  あの大震災・大津波のあった年から5年振りに盛岡市渋民で開かれた国際啄木学会に出ることと、父母の墓参のためである。
  学会は、発表者(複数)が教え子たちを引連れて来たこともあって、いつもより賑やかで若やいだ雰囲気だった。
  研究発表等が終り、最後は啄木所縁をめぐるバスツアー、宝徳寺-石川啄木記念館-渋民公園(一号歌碑,鶴飼橋)-好摩駅木碑-常光寺、を回り、盛岡駅に着くルート。すべて何度か訪ねている所だが、懐かしさもあって参加した。
  勿論ほとんど同じ佇まいだったが、好摩(こうま)駅(いわて銀河鉄道=元東北本線)の珍しい木碑 <霧ふかき好摩の原の 停車場の 朝の虫こそすずろなりけれ> はホームから近代的建物に変わった駅舎の2階改札口前に移されていた。
  翌朝盛岡市内を歩く。盛岡北上川に架かる開運橋際の「啄木であい道」の小さな歌碑群がすっかりなくなっていたのに驚く。「啄木であい道」碑と <かの時に言ひそびれたる 大切の言葉は今も 胸にのこれど> の歌碑があるだけ、名前にそぐわない散歩道になった。
  盛岡大通りの少年像の台座に刻まれた <新しき明日の来たるを信ずといふ我の言葉に嘘はなけれど>、碑は残ってはいたが、お店は菓子店からコンビニに変わっていた。
  ただ、岩手山は変らぬ初冬の美しい姿を見せてくれた。

2016年10月28日(金)

 伊香保・富岡製糸場


  26~27日、15年振りに伊香保に宿をとった。前回はちょうど15年前の秋、学校の同期会で同じ宿だった。

2016年10月09日(金)

 新潟行


  6~7日、しばらくぶりに振りに新潟に行ってきた。新潟に勤務したことある職場の同期の会で途切れとぎれながら10回目ぐらいかな。高名な割烹でくつろいだ。お酒は一番のお薦めはと問われたとき答える「〆張鶴」の純吟、越乃寒梅の新しい銘「灑(さい)」。ゆっくり味わった。

2016年09月26日(月)

 台風記念?日、金木犀


  昭和29年のこの日「洞爺丸台風」があった。昭和33年には「狩野川台風」(神奈川県東部上陸は日付が27日に変ってすぐ)、更に昭和34年には「伊勢湾台風」、いずれも多くの人的物的被害を置いて行った強力な台風だった。洞爺丸台風は、その3カ月前に修学旅行で青函連絡船に乗ったことがあったこと、伊勢湾台風は一月後に見舞に行き、観測史上最大の台風の爪痕深い現地を見ていることから、殊更頭に残っている。(「狩野川台風」は当時住んでいた仙台ではかなり衰えてさほどの影響はなかった。)今年も沢山台風が襲ってきている。被害者の無念さはいかばかりだろう。未だに「災害大国」とは情けない。
  9月に入ってからは極端に日照が少なかった。今日は晴や曇の、いい天気、の部類。今朝新聞をとりに出たら、金木犀の薫香が漂っていた。昨日久しぶりに何時間かの日照があったので香気を放ち始めたのだろう。この芳香はまさに秋の香りだ。

2016年09月04日(日)

 台風最中の旅行


  先月末から今月にかけて、4日程留守にした。
  出発予定の日は台風10号が首都圏に最も接近する予報、急遽東京駅近くのホテルを予約、前日からの「旅行」となった。
  10時過ぎの北海道新幹線は時刻通り発車したが、その後は運休や途中までの運行となったようだ。福島、仙台を通るときは大荒れ、それを追い越して青函トンネルを抜け函館着。風に細かい雨が飛ぶことはあるものの時折日が出る、どこかにちょっと寄ろうかとさえ思わせる天気。ホテルに入るまでは雨に遭うことはなし。だがそれからは―、
 

2016年08月06日(土)

 「櫻草」同人会総会


  昨日は年一回の俳誌同人の総会、真夏の高崎に行った。当日発でも何とか着けるのだが、朝早いのは体調の面からも不安なので、前日夕刻高崎に降り立ち、宿をとった。少し時間があったので少々暑いが会場まで散歩し、不案内の地でバスを探しながらすきっ腹で駅に戻り、さびしく夕食。
  翌日は会が終り、懇親昼食会はアルコールなし、さすればいつもの如く同人ゆかりのスナックに。夏の長い日はなかなか暮れないが、時間は押してくる。賑やかな俳論等なかなか尽きない。結局、帰宅は午前様となる。楽しみは疲れを伴うもの。

2016年07月04日(月)

 落 雷


  雷は怖いもの。恐らく家のすぐそばの電柱に落ち、その分かれが我が家に回ってきたのだろう。
  夕方5時15分ごろ。叩きつけるような雨と、近くで光り鳴る雷。200~300m先に落ちたのかなという高い炸裂音を聞いてから2~3分後、思わず、オッ!これは近いと口にでた。その瞬間電灯が消え電気がすべて停まった。
  階下のブレーカーを点検しようと部屋を出る。階段天井の蛍光灯の器具が一部黒く焦げていて機械油が焼けたような臭いがある。常夜灯用のLED豆球が真っ黒になって千切られたように落ちている。他も調べてみる。階下のコンセントに差してあるLED豆球も切れている。
  そのうち、家内が電話をしようとしたが繋がらないという。電話機を調べたら、電源が入らず、ウンともスンとも言わない。雷が通り抜けたのだ。雷チャージのコンセントに繋いでいたのだが、役に立たなかった。
  心配になり念のためTVなど他も調べてみたがやられたのはこの3点。まさかの落雷被害に驚きつつも、それなりの臨時支出は免れないが、怪我もなくほかに燃え広がることもなく済み、安堵もした。
  パソコンが心配だったが、無事だった。貴重なデータを失わずに済んだ。


2016年07月01日(金)

 妣の13回忌


  先月末、ほぼ5カ月遅れの(はは)の13回忌法要を行った。兄弟妹5人と配偶者の9人が仙台にまた集まることができた。(一人は老犬とともに留守番)
  前日、市内でゆっくりとみんなで夕食をとり、僅かなビールで乾杯し、大手術を克服した弟を労い、お互いに何とか普通の生活を過ごせる「健康」を喜び、感謝した。

2016年04月16日(土)

 熊本・大分の大地震


  東日本大震災から5年経った時期に、列島はまた大きな地震に見舞われた。
  14日夜熊本でマグニチュード(M)6.5・最大震度7という烈しい地震が発生、建物崩壊の映像が次々報じられた。本16日未明さらに大きいM7.5・最大震度6強(後日7に訂正)の地震が手酷い追打ちをかけてきた。
1  4日は「前震」で後のものは「余震」ではなく「本震」だという。このように大きな地震が続けざまに起きるのは殆んど例を見ない事象との解説だ。まさかの連続地震に、「余震」に怯えていた住民の不安はますます大きくなる。
  目を覆いたくなるような町々の悲惨な状況は本当に気の毒だ。
  こころからお見舞い申し上げます。


2016年03月11日(金)

 東日本大震災からまる5年


震災から5年
上の画像をクリックすれば今日までの日数が表示されます

  PC(web)の調子が時々悪くなり、この欄も大分ご無沙汰した。が、今日は東日本大震災からまる5年で、一言加えておかねばならない。5年の節目というので新聞もラジオTVも復興の遅れや被災者の困難な日々を中心に、キャスターやリポーターが数多く現地入りして大きく採り上げている。「風化」が心配される中でこの関心の高さは、大いに勇気づけるだろう。だが、一方で対策の偏りや住民の要望とは違う使われ方も指摘されている。
  警察庁等によるとこの大震災による死者は15,894人、いまだに行方不明の人が2,561人もいる。 震災関連死は3,400人を超えるという。避難している人は減ったとはいえ17万4000人。家を失った人が入るための災害公営住宅は計画の半分約1万4400戸にとどまり、6万5700戸もの多くの人々が仮設住宅に住まわざるを得ない状況という。
  26兆円の復興費が公正に使われてきたのか、この検証は難しいがしっかりやる必要がある。
  それにしても、原発がなかったら、原発安全のための確固たる対策があったら、こんなにまで無残なことにはならなかったろうと思う。再稼動差止めの仮処分や東電幹部(当時)の強制起訴など原発に関する動きが報じられたが、ふるさとを追われた人には空しく映るのだろう。

  「みちのく」という店に寄った。主人も女将もみちのく生れ、震災の話などしてきた。震災から一年後に詠んだ句を思い出した。
      みちのくといふ店に入る三・一一
  梅が終り辛夷も咲き桜の開花も早まるかと思いきや、真冬の寒さに戻り、油断したわけではないが今冬初めて風邪をひく羽目になった。春は気候・気温落ち着かない時季、皆さまもお大事に。


2016年1月01日 (金)

 明けましておめでとうございます    平成28年 丙申元旦

一 陽 来 復

  ことしこそ佳い年になりますよう祈念いたします。
  本年もひきつづきよろしくご交誼のほどお願い申し上げます。
  初旦(はつあした)は、抜けるような青空、毎度で恐縮だがまさしく石川啄木の歌のとおりであった。朝だけでなく日暮まで一点の雲もなかった。
  もうそろそろ空いているだろうと思って午後3時過ぎ、近所(といっても30分ほどは歩く)の氏神様に、初詣に出掛けた。案に相違して長蛇の列、これまでの経験から参拝するには一時間以上はかかる。横の参道から神札所に往き神札をいただき、神籤をひいて戻った。 (後日追記:4日にお参りのため再訪、今度は待たずに願い事を告げることができた)

  穏やかな年明けだったが、内外に難問が山積、世界中がとげとげしく、ささくれだった状態ではないか。昨年も書いたが、一方的に主張を言いつのり、他者の言を封じている様は続いている。 世界の安寧と、日本が戦争への道を作らないことを願うばかりだ。
祝い酒盃
     (なに)となく、
     今年はよい事あるごとし。
     元日の朝、晴れて風無し。    啄 木


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